狙撃の方法

狙撃の方法

モシン・ナガンにSV-98の面倒を頼まれたWA2000の話。ドルフロ2次。

昼食後の休憩も済んだ昼下がり、WA2000はカリーナを探して、司令室前の廊下を歩いていた。次の補給はもう少し先のことだが、それまでに何点か確認しておきたいことがあったのをふと思い出したので、時間がある内にと思ってそのままいそうなところへ足を運んだのだった。


突き当りを右に曲がると小さな部屋がある。みんなが待合室の代わりに使っている小さな空きスペースだ。古い作業台やらコンピューターやらがあって、カリーナは時々作業をやっつけるためにここを使っていると聞いていた。


はたして、目的の姿はすぐに見つかった。声をかけようと口を開けたところで、WAは、その向かいに座っている姿を見つけて立ち止まる。


「はあ~早いですね~!」

「これくらい、いつものことですから」

「いやいや! こんなにすばやく計算できるなんて!」

「えへへ、ありがとうございます」


机のこちらがわに立ったまま、カリーナはじっと手元をのぞき込んで感嘆の声を上げている。惜しげのない賛辞を受けて照れた声で笑っているのは、イスに座って何かを書いているSV-98だった。


「何か、手伝わせたみたいですみません、SVさん」

「いえいえ! お役に立てて、何よりです!」

「でも、せっかくのお休みでしたのに」

「いいんです。逆に何もすることがなくて……」

「へっ?」

「実は、次の作戦から……一旦外れることになってしまって」


そう言いながら、SVは少しだけ残念そうに、しょんぼりと顔をうつむかせる。

カリーナは慌てた様子で近づき、そっと肩に手を置いて励ましの声をかけ始めた。


「あっ、ごめんなさい、SVさん! そうだったんですか。私、全然知らなくて――」

「ああっ、いいんです! 別に……今回が初めてということでも……」

「でも、残念ですよね。ごめんなさい、しかもこんなこと、手伝わせてしまって」

「いえ、お気になさらず! むしろ、ありがたいくらいですから!」


部屋の入口に立ったまま、しばらくWAは待ちぼうけを食らって、腕を組みながらじっと様子を眺めていた。

先にこちらの様子に気づいたのはカリーナで、おやっというふうに目を丸くして、SVの肩からパッと手を離しこちらに向けてひらひらと振ってくる。


「あ、WAさん! こんにちは!」

「こんにちは……今、少しいい?」

「私ですか? なんでしょう?」


WAが呼びかけると、カリーナはスタスタと寄ってきて要件を聞いてくれた。次の出撃までに弾がいくらいくらという話をすると、すぐに手持ちのタブレットで必要な情報を調べ上げて教えてくれる。


「ありがとう、助かるわ、カリーナ」

「いえいえ~! お役に立てて何よりです!」

「ええ……でも、こんなところで何してたわけ?」


WAが部屋の中を見て尋ねる。カリーナの肩越しにしばらくこちらを見ていたSVと目が合った。SVはすぐにハッとした表情で顔を伏せ、ペンを握りしめて手元のノートを見つめ始める。

カリーナはWAの視線を追いかけるように振り向いてSVの様子を発見し、少し声のトーンを下げた。


「ああ、実は先週の、作戦報告書を仕上げていて」

「ふうん?」

「ちょっと細かな部分が進まなくてどうしようかな~と思っていたら、SVさんが手伝ってくれたんですよ」

「はあ?」


WAは驚きとも呆れともつかない声を上げた。それに刺激されたのか、SVがビクリと肩を震わせる。


「すごいんですよ、SVさん、パッと見てすぐに助言をしてくれて。あ、もちろん清書は、後で私がちゃあんとしますから!」

「ああ、そう……まあ良いわ。私の用事はこれだけだから」

「はい! また何かあったらお呼びくださいね、WAさん!」

「ええ。じゃあね」


手を振って見送ってくれるカリーナにひらひらと手を振り返して立ち去る際、WAはまたちらりと視線を流してSVの様子を見た。振り向いたカリーナに話しかけられてようやく顔を上げたSVの表情は、やはり少し申し訳なさそうにも、寂しそうにも見える。

その時のことはほんの一瞬のやり取りだったし、たいして重要なことでもなかったから、それきり忘れてしまっていた。


WAがあの時のSVの表情を思い出したのは、夕方遅く、宿舎でのことだった。

「ハァイ、こんばんは! WA、いるんでしょ?」


1階から声をかけられて、WA2000は、思わずゲッと鳴らしそうになった喉をおさえた。足音が近づく。できることならどこかへ逃げ出したいが、運悪しくここは2階である。どこかへ逃げるとなれば窓から飛び降りるしかないが、そんなことをするなんてばかげている。

かといって、申し訳程度の仕切りしかない宿舎の中だ。隠れる場所があるわけでもない。

かろうじて寝転んでいたベッドから身を起こしたところで、声の主がひょっこりと顔を見せる。相変わらず、軽々とした笑みを全面にたたえている、小憎らしいモシン・ナガンがそこにいた。


「ああ、やっぱり! 良かったわ、探したのよ?」

「……何の用?」

「まあまあ、そんなに辛気臭い顔をしないでちょうだい。お願いがあるの」

モシン・ナガンはひらひらと手を振って近くのイスを無造作に引き寄せるとベッドの脇に座って話を続ける。


「明日からしばらく東に行くことになってのは知ってる?」

「ふん、知るわけないでしょ。どうして私がアンタの予定をおさえてないといけないわけ?」

「あら残念、じゃあ、明日からしばらくね、私、いなくなっちゃうのよ。寂しい?」

「…………はやく本題に入りなさいよ。長話は嫌いよ」


うかつに返事をすると向こうのペースに飲まれてしまう。WAはムカつきを飲み込んで強引に先を促す。

モシン・ナガンは小さく肩をすくめて微笑むと、つらつらと、その「お願い」を述べ始める。


「そうね、じゃあ簡単に。SVってわかる? 紺のバンダナの、よくポニーテールにしてる」

「……ええ。知ってるわよ」

「さすがWA! じゃあ話は早いわ! あの子の様子をね、ちょっと見ててあげてほしいのよ」

「なんで私が!」

「だから、しばらく留守にするからよ。お願い!」


モシン・ナガンは手を合わせてウィンクをしてくる。WAは手を上げて横に振った。


「嫌。自分のお仲間に頼めばいいじゃない」

「だから、しばらくいなくなっちゃうの。私だけじゃなくってね」

「嫌なものは嫌。トカレフでも47でも、誰でもいいでしょ。他をあたってもらえる?」

「それが、ダメなのよ。ちょっとね、今ヘコんでるから」

「……誰が?」

「SVが」


モシン・ナガンは少し心配そうに眉根を下げる。それを見て、昼間のデータルームで見たSV-98の表情を思い出す。

確かに、あの時のSVの反応はじゃっかん過剰だった。いくらそれほど親しくないWAがカリーナと話をしていたといっても、あんなに怯えたような反応を返すというのは中々ないことだ。よっぽどこちらに対して苦手意識があるとか、むかしいざこざがあったとかいうならまだ理解できないわけでもないが、WAがパッと記憶をたどる限り、そんな面倒事を引き起こした覚えはない。


「ねえ、WA? お願いできないかしら?」

「……嫌なものは嫌よ」

「どうして?」

「だって……面識があるわけでもないし……」

「でも知ってるんでしょう?」

「それは……前に……訓練で隣だったから?」

「アッハハ! あやふやなの?」

「違うわよ!」


からかうように笑ってくるモシン・ナガンに噛み付いても、のれんに腕押しといったところだ。手を伸ばしてもひらりとかわされてしまう。背もたれのない低いイスだというのに、実に器用に避けて場所を変えてしまう。


「ね、WA。いいでしょう? あなたが適任だから」

「……どういうこと?」

「推薦ももらってきたのよ? あなたなら間違いないってね」

「……誰の?」

「スプリングフィールド」

「はあ?」


モシン・ナガンはケロリと白状する。WAは、あの温和な笑みを浮かべるカフェのマスターの顔を思い浮かべて、首を傾げた。


確かに前からも何度かスプリングフィールドに頼まれて、イベントの手伝いをしたりすることはあった。けれども、それはおおよそ物の管理とか場所の設置とか、そういう物品を相手にすることばかりで、人形の相手をするというものではなかったはずだ。


むしろ、スプリングフィールドは、WAが今一つ人間や人形の相手を苦にしていることを知っているはずだ。コミュニケーションが出来ないわけではないし、必要に応じてあれこれと話もするけれど、モシン・ナガンみたいな舌の先から生まれてきたような輩の相手をするなんて気疲れが堪えないし、大勢に囲まれて話をするのだって苦手だということを知っているはずだった。


まして、自分とそれほど縁のない、一緒に行動したことも少ない人形、そのうえ何かあってヘコんでいるというSV-98を慰めるなんていう器用な芸当ができるわけないことも、重々知っているはずだろう。


「本当に?」WAが聞き返すと、モシン・ナガンは大きくうなずいた。

「ええ。何なら自分で確かめてきたって良いわ。これは本当」

「ふうん……」

「だから、ね? お願い!」


もう一度、モシン・ナガンに拝まれる。拝まれたところで何が出せるわけでもない。「はい」か、「いいえ」か、そのどちらかをいうくらいしかできないのだから。


一瞬の間が合って、モシン・ナガンが片目だけ開けてぼそっと囁いた。


「……もし引き受けてくれたら、良いものあげるわ」

「……はあ?」

「お礼よ……そうね、アイスクリームなんてどう?」


WAの思わず動きを止める。モシン・ナガンはニヤアッと笑って更に小さな声で付け加える。


「……チョコレートのアイスクリームが、1個だけあるのよ」

「……っ!」

「……もちろん、嫌なら仕方ないわ。他の子に頼むけど?」

「うっ…………」

「ねえ……WA? お願い……聞いてくれない?」


モシン・ナガンの表情は一見したところ真剣である。しかし目がニヤニヤ笑っている。


WAは、しばらく頭の中の天秤に色々なものを掛けて価値比べをしながら、表情を青くしたり赤くしたりしていたが、やがて渋々、うなずいた。

「まったく……なんで私が……」


WA2000はため息を零しながら前を見た。VRの訓練装置に向かって銃を構えるSV-98はヘッドフォンから流される指示を聞き取り、慎重に狙いを定めている。


モシン・ナガンが東の基地に借り出されてから数日が経った。結局チョコアイス1個で「お願い」を引き受けたWAは、頼まれた通りにちょこちょこと見舞いがてらSVの所に足を運んだ。


SVの方は知らされているのかどうかよくわからない。WAが会いに行くと、ちょっと気まずそうにしているけれど、会話を拒まれたり追い出されたりするということはなかった。むしろ、WAが話をふると、少しおっかなびっくりといった感じだった。若干腰も引けているし、返答もおずおずと言った感じでまどろっこしい。


初日はそれでずいぶんイライラさせられたし、思わず叱りつけてしまったものだが、2日めからは思い直してできるだけ抑え気味に接することにしている。モシン・ナガンが教えてくれた通り、前回の作戦での失敗があってから、ずいぶん落ち込んでいるからである。


失敗というのは単純なことだ。前回、近隣地区での作戦に従事した際、SVは本隊の後方から狙撃の任務にあたっていたのだが、標的への射撃に熱中する余り、近づいてきた敵からの攻撃を受け、危うく破壊されそうになったのである。


もちろん、その時はAK-47などの仲間がすぐに気づいて駆けつけてくれたから、大事には至らずに済んだ。指揮官も軽く注意しただけだというし、射撃の成績は悪くなかったから、次に向けて頑張ろうという雰囲気だったらしい。


それでも、当のSVはずいぶん意気消沈してしまい、しばらく自分のベッドとトレーニングルームの往復以外、何もしようとしていなかったので、仕方なく部隊のメンバーを少し入れ替えたという話だった。


だから、東の基地へ手助けに行った部隊から、SVは一旦外されて、WAと一緒に奴らの帰りを待っている、ということなのである。


SVが引き金を引く。側のモニターに結果が表示される。サッと流れるデータを眺めて、WAは小さくうなずいた。


今撃った標的はおよそ300メートル先に設定してある。それなりの距離だったが、当たった場所を見ても、命中時の速度を見ても十分の威力を持った一発だった。しっかりと整備された銃と入念に準備された一発がもたらした成績には間違いがない。


10発撃ち終わってゴーグルを外したSVが、後ろのベンチに座わっていたこちらに気づいたらしく、慌てた様子で立ち上がり頭を下げてくる。WAは軽く手を振って返事をした。


「……やるじゃない、SV」

「す……すみません……WAさん……」

「なんで謝るのよ!? 私は褒めたでしょ!!」

「あっ……ありがとうございます……」

「まったく……これだけきちんと狙えるなら文句ないじゃない。それより他の訓練でもしたら?」

「他……ですか……?」


SVがキョロキョロと周りを見る。

トレーニングルームにはVRだけでもいくつかのメニューが用意されている。人形の特性に合わせて、遠距離から近距離、平野から市街地など様々なシチュエーションに応じた訓練ができる。それ以外でも実際の的を利用した射撃だったり、座学に該当するような内容だったり、とにかくあらゆる種類の訓練を自由に行えるのだ。


それなのに、SVはこの数日というもの、少なくともWAが見る限りでは、同じVR機の同じ状況設定の射撃訓練ばかり行っている。遠・近の目標を交互に撃つというものだ。


「ねえ、SV?」

「は……はいっ!」

「……あ・の・ね! いちいちそんなにビクビクされたら、私がいじめてるみたいでしょ!」

「ご……ごめんなさい……」

「もう! ……ともかく、アンタ、この設定は何? G3やMP5じゃあるまいし、他にすることがあるんじゃないの?」

「その……」

SVはうつむき、唇をかみしめて言葉を途切らせた。


WAはじっと見つめていたが、どうにも気まずくなって視線をそらした。この数日というもの、毎度同じようなやり取りをしている気がしてくる。元はと言えばしょげているSVが悪いのだ。向こうがあまりにもオドオドと自信のない対応をしてくるからこちらもイライラしてしまう。訓練だって本番の内、やらなければやられるくらいの気持ちで取り組まなければ良い成果など出るわけもない。


WAはため息をこぼすと手を伸ばしてモニターに触れる。いくつかの設定をいじってから立ち上がり、もう一つのゴーグルを手に取った。


「え……?」SVがキョトンと見上げてくる。WAは構わずに前を指差す。

「SV、準備」

「WAさん……?」

「早く!」

「は、はいっ!」


SVを急き立てて元の場所に移す。WAはゴーグルをはめると、測距用の望遠鏡を手にとってSVの横に寝そべった。


「SV、1時の方向、2本めの道路の向こう、赤い標的は見える?」

「…………はい……見えました…………右に砲台型、9時の方向を向いてます、真ん中に黒い丸のある――」

「違う」

「――左に犬のロボット、赤い光の――」

「そっちよ。角度は?」

「…………高さは1.79です」

「……距離は840メートル――」

「840……はい……」

「――風は右から10メートル、下へ8.6」

「……下へ8.6…………はい……」

「左へ5.5――」


SVの動きが止まる。呼吸の音すら聞こえてきそうなほどの静けさを、突然、1発のくぐもった銃声が撃ち破る。


WAの覗き込む視界の左下、ノロノロと動いていた犬型ロボットがはじけ飛ぶ。


WAは落ち着いて次の目標を指示する。


「――SV、次は左の砲台」

「はい……」


照準、間、静寂、発射――2台目のロボットがひっくり返る。ピクリとも動かなくなるのを確認してから、WAは次々に目標を指示する。


距離も多少の開きがある。1000メートル前後の目標を、SVはよく狙った。3発、4発と冷静に狙いを付け、空になるまで撃ち尽くす。


WAは少しの驚きを込めて息を吐き、ゴーグルを外して振り返った。ちょうど、SVもゴーグルを外して、大きな息を吐いたところだった。


「できるじゃない」

「ありがとう……ございます」

「ふん……アンタには、アンタの役割があるでしょ。あんな訓練、いくらやったって物の役にも立たないわよ。それくらいわかるでしょ?」

「……はい」SVはまたうつむき、消え入りそうな声で小さくうなずく。


WAは鼻を鳴らしてゆっくりと身を起こした。銃を抱えてうつむいたままのSVを見つめて、ゆっくりと口を開く。


「アンタが47とかPPになりたいって言うなら好きにしたら良いわ。でも、そうじゃないでしょ?」

「……はい」

「私だってそうよ。前に立って突撃しろなんて言われたら、侮辱だと思う。私たちには私たちのやることがある。違う?」

「……いいえ」

「だったら、いい加減、そのオドオドしたの止めなさいよ。いい加減腹が立つわ。これだけ良い腕があるのに何か不満? こっちまでバカにされてるみたいで不愉快だわ!」

「…………すみません――」

「謝らないで」


WAがキッとねめつけると、SVは一瞬肩を震わせる。

それから、ゆっくりと顔を上げる。SVの大きな瞳は潤んで少しの赤みを帯びている。WAはじっと見つめた。お互いに敵を殺すために生まれた人形同士、後衛から敵を仕留めるという、勢いや力押しだけでは成り立たない技術を求めて生きる人形同士、そこはSVもWAも変わらない。WAはSVをじっと見つめた。SVが自分をどう思っているかなど、この際関係はない。モシン・ナガンもスプリングフィールドも関係ない。


ただ、WAは自分の仕事に誇りを持っている。自分がこれまでにしてきたこと、磨き上げてきた技術、積み上げてきた努力――そういった諸々のことを否定されれば腹が立つ。


SVに対しても、その思いは変わらない。SVにはSVなりの努力があるはずだ。それは、この訓練の結果が何よりも雄弁だった。WAの指示があったからということを越えて、それを忠実に実行し、見事命中させてみせるだけの技量があるのだ。


そのことを理解しないというのは、WAにしてみれば、自分の努力を軽視され、嘲笑されるのと同じようなものだった。


SVも瞳をそらさなかった。ただじっと、赤く滲んた瞳の淵に涙をたたえて見つめ返してくる。


WAはフン、と息を漏らして手を伸ばし、ぎこちなくその髪をなでてやった。


「……分かればいいのよ、分かれば」

「……うっ……うぅっ……WAさんっ……」

「ちょ、ちょっと! どうして泣くの? 私は褒めたのに!!」

「ご……ごめんなさいぃ……」


頭をなでてやったとたんに、SVは弾けたように涙をこぼし始める。WAが驚いて身を起こすのと、後ろから冷めた声が掛けられるのはほとんど同時だった。


「WA2000、新人いじめは関心しないわね?」


ぎょっとして振り向くと、ブースの入口にGr G36が立っている。ご自慢の銃を手に持ってジトッと睨みつけてくるのである。


「G36! こ……これは違うの!」

「何が、違うのですか、WA?」

「えっと……だからっ…その……」

「他所の新人様にちょっかいを掛けて泣かせるとは……まったく、あなたという方は……」

「だ・か・ら!! 違うのよ!!」

「言い訳は通用しないわ。G3、SV様を救出!」

「了解!」

「わあああ! 入ってくんな!! だから違う!!! 撃つなG36!!!!」

「問答無用、よ!」


G36が呼び寄せると、後ろからGr G3、Gr G36C……次々に「敵」がなだれ込んでくる。WAは間もなく、為す術もなく取り押さえられてしまった。

「そんなことがあったんですか……」


カウンターの向こうでスプリングフィールドが少し申し訳なさそうに首を傾げる。

WA2000は話し終わると脱力してカウンターに突っ伏し、うめき声を上げた。


「私の……話を…………相手にもしないんだから……!」

「うふふ、でもSVさん、昨日から見違えるほど元気になりましたわ」

「そう! そうでしょ!! 私が!!! 私が励ましたの!!! それなのにG36のやつ……!!」


思い出せば何度でも腹が立つ。えん罪を被ったWAは、あの後無理やし司令室まで引き回され、あらぬ嫌疑をかけられた挙げ句、すんでのところで大目玉を食らいそうになった。幸い、泣き止んだSV-98がきちんと状況を説明してくれ、指揮官たちもそれに納得してくれたから個室行きは免れたものの、1歩間違えたらどんな目にあったか知れたことではない。

しかも、SVが少し話を盛って大げさな謝辞を述べるせいで、かえってWAもいたたまれない恥ずかしい思いをしたものだった。それも、衆人の面前で、である。


WAはいきり立って立ち上がり、ここがカフェであることを思い出してそそくさと元のイスに戻った。それでなくとも昼の騒ぎで悪目立ちをしてしまったのだ。これ以上目立つようなことをしたら、どんな評判が立つか知れたことではない。WAは、少なくとも余計な話題を自分の周りに持ち込まれたり、あらぬ疑いを持たれたりすることを良しとしないのである。


イスに腰を落ち着けてミルクティーを飲みながら、WAはふと事の発端を思い出して顔を上げる。カウンターの向こうではスプリングフィールドが鼻歌を歌いながら皿を拭いているところだ。


「元はと言えば、スプリングフィールド、あなたのせいでしょ!」

「ええ?」

「モシン・ナガンが言ってたけれど……あの子のお守りになんで私の名前なんか出したの?」


WAが詰っても、スプリングフィールドは特別表情を変えなかった。ただ普段通りにこやかに微笑んでいる。モシン・ナガンの名前を出すと、ようやく思い出したのか、ああ、と手を売ってうなずく。


「そういえばそうでしたね」

「そういえばって……!!」

「まあまあ、WAさん。落ち着いて。紅茶がこぼれますよ?」

「っ……もうっ!」

「ふふふ……でも、きちんとした理由もあるんですよ?」


スプリングフィールドは穏やかな微笑みのまま、静かに諭してくる。WAはぐったりとイスに体を預けたまま、じとっと見上げて問い返す。


「……どういう?」

「それは秘密です」

スプリングフィールドのウィンクが眩しい。いや、憎らしい。


もとより、正面から聞いたところで簡単には教えてくれないだろうという気はしていた。それだから、今更腹も立たない。いや、この数日というものずっと腹を立てっぱなしだったせいで、腹を立て疲れてしまった。


時間が立って温まり、湯気も何処かに置き忘れてきたらしいミルクティーをちびちびとなめつつ、ため息をこぼしていると、カウンター越しの微笑みにほんの少しいたわるような暖かさが加わる。その生暖かい視線をバカ正直に受け取るのもしゃくに障るから、WAは、ただ黙ってドリンクを飲み干したのだった。

夜更けが近づく頃、自分の部屋に帰ろうとして外を歩いていたWA2000は、司令室への階段を上がっていく背中を見つけて立ち止まった。


もちろん、それはここ数日、嫌になるほど見ているSV-98の背中だ。


WAは不審を覚えてその後を追いかける。もう外はすっかり暗くなるころだった。幸い今日は月も出ているし、暗闇というほどのものでもない。だからこそSVの姿にすぐ気がついたのだが、もう寝る時間になる頃にわざわざ司令室へ向かうような用事があるとも思えない。


まさか、部隊に復帰させてくれと直談判をしに行くわけでもあるまい。SVにそんなことをするほどの胆力があるなら、最初からWAはこんな面倒事に巻き込まれてなどいなかっただろう。


だとしたら、わざわざ宿舎を出て、こんな時間に外を歩く理由は何があるだろう。訓練室に向かうというなら百歩か千歩くらい譲ってやれば理会の範囲に留まらないこともないかも知れないが、それはこちらとは方角が違う。


差し当たり思いつく目的地もない。WAは首を傾げながら薄暗い階段を駆け足に登った。


SVは司令室の前を通り過ぎると、あのデータルームの入口で中を伺い、小さな声で話しかける。


「カリーナさん、こんばんは」

「ああ、SVさん! こんばんは~!」

「今、良いでしょか?」

「どうぞどうぞ~! 空いてますよ、好きに使って下さいね!」

「ありがとうございます」


SVはぺこりとお辞儀をすると、そのままトコトコと中へ消えてしまう。


入口まで追いかけてきて、WAは立ち止まった。衝立の影にしゃがんで身を隠し、向こう側の音を聞き取る。SVの足音は突き当りを少し右に進んで止まる。それからイスを引いて腰掛けている。はて、あんなところに何があったろうか。データルームの間取りをなんとかして思い出そうとするものの、残念ながらぼんやりした記憶しか見つからない。なにせ、このスペースに合ったものと言えば得体の知れないコンピュータとか、誇りを被ったコントロール装置とかいう、いつの時代からあるんだかもわからない二線級の代物ばかりで、前線の役に立ちそうなものはほとんどないのである。


それだから、WAはもちろん、あまり寄り付かない。それ以外の人形にしたって、好き好んで近づくような理由はないはずだ。


それなのに、SVはなぜこんな夜遅くに歩いてきたのだろう。まさか良からぬ企みでも企てているのだろうか……


物思いに頭を悩ましていたWAは、ふとすぐ目の前に影が落ちていることに気づいて顔を上げた。


「……WAさん? 何してるんですか……?」すぐ上には目を丸くしたカリーナの顔がある。WAは驚き、急いで立ち上がろうとしたはずみにバランスを崩し、思い切り尻餅をついてしまった。


「いや~まさかあんなところにWAさんがいるだなんて、思いもしませんでしたよ!」

「……悪かったわね……」

「まあまあ。用があるんだったら、声、掛けてくれればよかったのに」

「……別に……用なんて……」

「いいんですよ、暇つぶしでも! 今日は誰も来なくて、ずっと暇でしたし。あ、何か飲みます? コーヒーとか?」

「……クリームは?」

「無いんですよー今切れちゃってて」

「じゃ、いらないわ」

「ええ? 紅茶もありますよ?」

「……なら、紅茶」

「はいはーい! 少し待っていてくださいね!」


カリーナはスキップしそうなくらいの上機嫌で部屋を後にする。よほど今まで退屈だったのか、途中にしか見えない作業を放り出してまでお茶くみを勝って出ていった。後にはWAとSVが残され、狭い部屋を気まずい沈黙が支配する。


ドローンのコンソールの前に座ったSVは、膝の上に置いた手をじっと見つめて背を丸めている。さっきまでの会話から類推するに、おそらくそのコンソールをいじるためにきたのだろう。しかし、WAという予期せぬ登場人物が発掘されたせいで、やりたかった作業が出来ないものと見える。


WAは一瞬、さっさと立ち去らなかった自分を後悔した。SVを見つけた時、あるいはこのデータルームに入っていくのを見届けた時、それで放っておいて引き返すという選択もあったはずだ。余計な好奇心を出したというべきか、あるいは柄にもないおせっかいを焼こうとしたというべきか、とにかく普段なら絶対しなかったようなことをしたせいで、この薄暗くて狭い部屋に軟禁される羽目になってしまったのである。


カリーナが早く帰ってくることを祈りながら、WAはイスに座り直してため息を零した。SVがびくりと肩を震わせる。相変わらず、視線はうつむいたままだ。


「……SV?」


あまりに長い沈黙に嫌気が差してきて、いらだちを紛らわすかのように声を掛けると、SVは恐る恐る、顔を上げてこちらを見た。その表情はこわばっていて、やはり暗かった。


「……あのね、SV? それ、止めてもらえる?」

「……すみません」

「もう……アンタ、二言目にはすみません、ごめんなさいってねえ。何でも謝ればいいってわけじゃないでしょうが!」

「うぅ……」

「そんなことだから私がアンタをいじめてるなんて言われるの! もっとちゃんと話せないの?!」

「で、でもぉ……」

「でもじゃない!! いい加減にしないと怒るわよ!!」

「もう、怒ってるじゃないですか、WAさん」

 後ろからからかうような声をかけられて振り向くと、いつの間にか戻ってきたカリーナが湯気を立てるマグカップを2つ手に持って、キョトンと目を丸くしている。


「怒ってない!!!」

「でも、顔が真っ赤じゃないですか」

「こ・れ・は・ち・が・う・の!」

「はいはい、まあ、とにかくお茶が入りましたよ。SVさんもどうぞ」

「カリーナ!!」

「どうどう、WAさんも落ち着いて~」

「っ……!!」


手で制され、渋々イスに戻る。どうもSVが絡むと短気になっていけない。いや、むしろSVの反応がWAの短気を刺激してくるというほうが正確かもしれないが、ともあれカリーナの顔を見て、これ以上あれこれと難癖をつけても仕方がないと思いなおし、暖かいマグを取って一口飲む。


「……甘くない……」

「あれ? お砂糖、いりました?」

「……無いの?」

「ありますよ、ええっと……たしかこの辺りに……」


カリーナはしゃがんで机の下をゴソゴソやってから、スティックシュガーの入った袋を取り出して、ポンと机の上においた。WAは2本取り出して紅茶に入れてから、ようやく甘くなった紅茶を飲んでため息をこぼす。


「で、カリーナ?」

「なんでしょう」

「SVはここに何しに来たわけ?」

「それ、私に聞きます?」

「だってSVが教えてくれないじゃない!」

「ううーん、別に隠すようなことでもないでしょうけれど……」


カリーナは困ったような表情でSVを見た。SVはまだコンソールの前で固まり泣きそうな表情のままじっと地面を見つめている。


「ねえ、WAさん?」

「……なによ」

「SVさんは、決して、WAさんが思っているようなことをしてるんじゃないんですよ」

「はあ?」

「SVさんはすごく真面目で、勤勉な、良い方なんです。ただ、ちょっと真面目すぎるだけで」

「……それは知ってるわよ」

「あら?」

「……ずっと一緒にいたんだから……」


WAが渋々、小さな声でうなずくと、SVはまたゆっくりと身を起こす。


「私がSVに言ってるのはそんなことじゃないの。もっと自信を持てって言ってるだけ。これってそんなに変なこと?」

「WAさん?」

「カリーナより私のほうがずっとSVに詳しいの! もう何日も一緒にいるんだから! だから、私は怒りに来たわけじゃない。SVが何をしてるのか、ちゃんと見ておきたいだけ」

「はあ……なるほど」


WAがまくしたててにらみつけると、カリーナはニコリと微笑んでうなずいた。それから、目をうるませているSVの側にトコトコと近づいて膝を折り、横にしゃがんでまたニコリ、微笑みかけている。


「SVさん? 大丈夫ですか?」

「……は……はい……」

「ね、WAさんもああ言っていることですし。私たちのことは気にせず、好きなだけ使って下さい」

「…………はい」

「きっとこの子も、その方が嬉しいでしょうし」

カリーナは古びたコンソールに視線を移す。SVはそろそろとコンソールを見、カリーナを見、ゆらっと振り返ってWAを見た。


WAは難しい表情のまま、机に身を乗り出して、一つうなずいた。


「ふん……好きにしたら良いでしょ。アンタの時間なんだから」

「WAさん……」

「邪魔しようっていうんじゃないの。ただ……引き受けたたからにはちゃんと果たさないといけないってだけ」

「ありがとう……ございます……」


SVは深々と頭を下げ、カリーナに渡された紅茶を飲むと、顔を拭ってコンソールに向き直る。


ようやく、時間が動き出したのだ。カリーナは満足そうにうなずいて、自分の席に戻る。


「WAさん、もっと近くで見ても良いんですよ?」

「……あっそ」

「SVさんは、最近毎晩ここに来るんです」

「ふん」

「ご存じかと思いますけれど、ここでは最近の作戦履歴をトラックしているんですよ」

「知ってるわ」

「ええ。それで、SVさんはここ数日、近隣で起きた戦闘のデータをチェックしていて」

「どうして?」

「……この辺りの詳しいデータを調べておきたいんです」


WAの質問にカリーナが口を開くより先に、SVの声が聞こえる。WAは少し顔の向きを変えた。SVはまだ手元をじっと見つめている。


「SV? どうして?」

「……この間のこと……私が……失敗して……」

「ええ」

「あの時、いつもの通りきちんと準備を済ませて、私は、いつも通りに入りました。でも……」

「ええ?」

「……私には全体の動きが読めてなかったんです。そこまできちんと計算して、それで……次はきっと同じ失敗をしないように……」


SVの口調は丁寧だが、そこに表れる意志は強かった。WAはまばたきをしてから、じっとSVの横顔を見つめた。


いつもと同じバンダナで、いつもと同じようにポニーテールにまとめている。柔らかそうな金髪がをふわふわと揺らしながら、モニターに映し出される敵味方の動きを一つ一つ丹念に確認し、私物らしいノートにあれこれとメモを取っている。それは、銃を構えて訓練しているときとも異なる。どこまでも真剣に、どこまでも熱中し、どこまでも深く考えて、一つ一つ不確定要素を潰し、不安をなくそうとする一途な横顔だった。


ともすれば幼くすら見える顔立ちが、今はとても健気で凛々しく見える。少なくとも、WAがこんなSVの表情を見るのは初めてのことだった。

WAは静かに頷いて先を促す。


「……WAさんだけじゃなく……モシン・ナガンさんにも……SVTさんにも……みんなにも励ましてもらいました。仲間たちにも、助かったんだから良いじゃないか、とか。仕方がないとか……でも、私は……皆の足手まといにはなりたくない。皆の役に立ちたいし、皆から安心して仕事を任せてもらえて、それを完璧にこなせるような、そういう存在でありたいんです」

「SV?」

「だから……そのために、いつ、なにがあってもいいように、普段からこうして準備をしておかないと……」

「……ええ」

「今は部隊からも外されてしまいましたし……今すぐ役に立つわけじゃないんですけれど……でもこうしてシミュレーションして、計算をしておけば、きっと……」


SVの言葉には深く、重い実感が込められている。どこまでも真面目、悪く言えばバカまじめで頭の固いところがある、そんなSVがこうして真剣に努力を積み上げているのを、誰も笑ったり、けなしたりはしない。それはWAも同じだ。


WAも、もちろん準備を怠ることなどしない。完璧な仕事をするために、常日頃から努力をし、腕を磨いている。その努力をけなされることが一番腹が立つ。そんなことをしてくるような輩は顔も見たくない。SVとは努力の方向も内容も違うけれども、同じく真摯に任務に取り組む者同士、何か感じる物があるのは確かな話だった。


しばらく、SVの話を聞き、同じモニターを眺め、いくつかのアドバイスをしてやってから、WAは紅茶を飲み干してデータルームを後にした。


カリーナはWAを見送り、マグカップを片付けながら苦笑いを浮かべていた。SVは、そんな二人の様子には気づかず、一通りの調べと勉強を終えると、満足して自分の部屋に戻った。

翌日の昼過ぎだった。

WA2000はSV-98と共に訓練室にいた。昨日と同じように射撃訓練をこなしている時、突然後ろのドアが開いた。


WAがぎょっとして振り向くと、果たして、またGr G36が立っている。けれども、今日はその険しい表情の上に、昨日とは異なる緊張が見て取れた。


「WA、SVさん、出番です。来て下さい」

「何、G36?」

「鉄血です」

その一言で空気が入れ替わる。WAは自分の銃を持ち、SVを伴ってG36の後に従った。


目標地点は近隣地区を流れる川、そこにかかっている橋を少し越えたところだった。対岸に味方が陣地を構えているのだが、そこへ鉄血の集団が奇襲をかけてきたというのである。あいにくと間の悪いことに、主力部隊は大方出払ってしまっていた。後に残っている中からすぐに動ける者全員に声がかけられた。


その内に、WAとSVも含まれていたのだ。


交戦区域にたどり着くと、川を挟んで向いから鉄血のロボット兵がうようよと押し寄せてくるのが見える。G36たちが雨のように弾を浴びせかけているのだが、後から後から残骸を乗り越えて新しいロボットが突っ込んでくるのだ。


WAたちもその後ろから目ぼしい敵を見つけては次々に撃ち倒していく。数が多くて動きが遅い分、狙う手間は省けてよいのだが、一方で倒しても切りがなかった。


「MP5! MP5はどこかしら?」

「はい、G36さん! MP5です!」

「右からくるのを任せるわ……まったく、こんな時に押しかけてくるなんて……無礼極まりないわね!」


G36は手当たり次第に近いところから撃ち続ける。その横でMG3が豪快に弾を撃ち放し、相手の前衛をなぎ払う。ロボット兵の数は一増一減を繰り返すばかりに見える。


WAは後方から敵を狙っていたが余りにも数が多くていくつ倒したのかよくわからなくなり始めた。まさに撃てば撃っただけ当たるほどいるのだが、その向こうが見通せないのは不愉快だった。


「全く……! きりがないわね!」

「あら、奇遇ね、WA?」

「G36! これ、どうしろっていうの?」

「倒せばいいのよ、簡単でしょう?」

「簡単に言ってくれるわね!」

「ええ。簡単なことよ……MP5!」

「はい! MP5、ここにいます!」

「右はどう?」

「こちらは……まだたくさん……」

「そう……WA、ここは任せたわ」

「G36?」

「私は向こうへ行くわ」

「ちょ、ちょっと!!」


WAが呼び止めても、G36はニコリと笑って立ち去ってしまう。前から突っ込んでくるロボットに照準を合わせながら、WAは胸の中で繰り返し悪態をついていた。


不幸にもG36と一致した感想の通り、敵の前衛ロボットは波のように襲いかかってくる。幸いWAは射程外から撃ち倒すことが出来るが、どれだけ倒しても湧いてくるので実にキリがない。MG3が装填の時間をとるたびに敵が近づいてくる。鬱陶しさを越えて、面倒くさくさえなってくる。


「MP5! MG3を護って!」

「はい、WAさん!」

「Danke! MP5!」

「はい! 任せて下さい、MG3さん!」


MG3に襲いかかるロボットをGr MP5が的確に撃ち倒していく。囲まれてもある程度の距離からは近づかせないように位置を変え身を乗り出してロボットに撃ちかける。


「おお! MP5、もうすぐ終わるからな!」

「はい――」


MG3の言葉に、MP5が笑顔でうなずいた時だ。


WAの耳に1発の銃声が飛び込んできた。それはロボットたちの乱射する甲高い音の中で、ただ1発、くぐもった、低い、不自然な音だった。


装填を終え、機関銃を構え直すMG3の横で、MP5の小さな体がふらりと揺れた。見慣れた黒いワンピースにじっとりとにじむ濃い染みが見える。

MP5はバランスを失って、ふらっと倒れる。MG3が引き金を引きながら大きな声で叫ぶ横、土むき出しの地面に背中からバタリと倒れて動かない。


「MP5! おい! MP5!!」

「G36! MP5が撃たれた! G36!!」

「WA! MP5を後ろに! ここは私が引き受けます! 早く!」

「わかった! ……MP5! 捕まって!」


WAが駆け寄ると、MP5は薄っすらと目を開ける。息苦しそうなMP5を担ぎ上げ、その手からこぼれた銃を回収して陣地の後方に戻る。


手近な窪地に寝かせると、MP5は眉をハの字に下げながら小さくつぶやいた。


「す……すみません……WAさん……」

「シッ! それは後! とりあえず止血……あとは……救援信号を……」

「……WAさん……」

「なに、MP5?」

「……向こうに……ライフルが……正面です……」

「……ええ」

「みなさんを……たのみます……」

「……言われなくたって」

「……すみません……」


苦しい息を保ったまま横になるMP5の枕元に通信機を置き、WAは愛銃と共に前に戻る。バッグの中を確認するが、残弾は悲しいほどしかない。もともと補給待ちで待機していたところへこの急襲、湧き出るロボットを片っ端から撃っていてはこうなるのもやむを得ないことだと、頭で理解していても心の内は穏やかでない。


「WA、MP5は?」

「……迎えが来るわ。それよりG36、ライフルはどこに?」

「ここからだと見えないわね……あの、ロボットの大群の向こう側でしょう」

「っ……!」


G36が反撃を続けている。WAも横にしゃがんで撃ち続ける。


本当ならこんなところで弾を使いたくなど無い。仇討ちなどと斜に構えるつもりはないが、この陣地をロボットの頭越しに虎視眈々と狙ってくる敵こそ、今本当に狙いたい相手なのだ。


「ほんっとうにキリがない……!」

「……ロボットの向こうに何かいるのね」

「……G36?」

「それを倒せば……ロボットも片がつくと思わない?」

「……ええ」

「WA、お願いできるわね?」


G36は射撃を続けながら、ちらりとこちらを流し見てくる。その瞳にも強い意志の光が見て取れる。

WAはすぐにうなずいてから、銃を見た。マガジンにはもう弾が入っていない。バッグの中を見ても、残りの弾が見当たらない。


思わず唇をかんで顔をしかめると、目の前に弾を差し出す手があった。


顔を上げると、SV-98が真剣な表情でこちらを見つめている。


「使って下さい、WAさん」

「……SV?」

「私のは狙撃用に調整してあります。少し重い弾ですが――」


SVは、弾を掲げたまま、ちらりと前を見て続けた。


「正確な位置はまだわかりませんが、おそらく前方、ここから800メートル先に高台になっているところがあります。この位置からだと見えづらいのですが……それから、川の上流に300メートル進んだ場所にちょうどよい狙撃ポイントがあります。標高差もありません。狙うならそこが一番です」

「……アンタ、ずいぶん、詳しいじゃない?」

WAがじっとにらみつけると、SVは寂しそうに笑った。


「毎日皆が、ここで戦っているのを……見てましたから」

「……はあ?」

「ドローンで……こんな形でしか、役に立てませんけれど……」


WAはSVの手から弾を受け取る。ずしりと思い10発入りのマガジンには、真新しい弾がキラキラと輝き、今か今かと出番を待っている。

弾を手放したSVはニコリと笑った。それはWAが初めて直面する笑顔だった。しかし、その気色は切ない。弾を手放した銃の微笑みは、あまりにも寂しい影をまとっている。


「WAさん、お願いします。MP5さんを傷つけた敵を、取って下さい」

「……ふん」


WAは左手に弾を持ったまま、右手を伸ばしてSVの腕を掴んだ。引き寄せると、SVは目を丸くして首をすくめる。


「WAさん……?」

「アンタが……やるのよ」

「えっ?」

「川上に300メートル、間違いないんでしょうね?」

「はい……それはもちろん……」

「行くわよ。銃を運んで。早く!」

「は、はいっ!」


WAが急き立てると、SVは泡を食って移動の準備に取り掛かる。

広げていた道具をしまい、銃を持ち上げたところで、WAは先ほど受け取った弾丸をそのままSVに手渡した。


「えっ……?」

「SV、走って、時間がないわ!」

「は、はい……っ」

「G36! 少し離れるから!」

「了解、WA! 頼むわよ!」

「任せて!」


WAは振り向かずに走り出す。弾丸の雨を迂回して、川沿いに道なき道を進む。


すぐ後ろにもう一つの足音が聞こえる。走り出した初めは少し乱れていたが、数秒と立たない内に整え、しっかりとした音でついてくる。


思えば、今までこうして誰かとともに走ることは殆どなかった。WAは何時も誰かの後ろについて走る側だった。あるいは単独で、一人自分自身の足音を聞きながら行動してきた。


今、ここでこうしてともに走る相手はSVだ。それも何のめぐり合わせによるものか。偶然というのは礼を欠いたものかもしれない。かといって、何年も付き合ってきた相手というわけでもない。一方で、ここ数日の濃厚なコミュニケーションは、誰にも負けないものだという自負心はある。頼まれたから、引き受けたから、可哀想だったから……そういうたくさんの理由がふわふわと胸の内を過ぎ去り、ゆっくりと固まって一つの顔を作った。


金髪を風に吹き流し、ニッコリと笑う青い瞳の、憎んでも憎みきれないアイツが、ふと脳裏に浮かんでくる。


「……なんか、ムカつくわね……」

「……WAさん……?」

「うわっ! 何!? SV!!! 聞いてたの!!?」

「す……すみません……いえ、何か言いましたか?」

「なんでもない! なんでもないわよ! 無駄口叩いてる暇があったら走りなさい! 遅れたら撃つわよ!!」

「あ、WAさん! 行き過ぎです! ここです!!」


SVが立ち止まる。そこは川に向かってわずかに盛り上がる伏せたおわんのような場所だった。


「……いいじゃない。SV、準備!」

「はい!」

SVが銃をおろして二脚を引き出し、手早く配置して射撃の準備に取り掛かる。


WAはその横に並んで寝そべり、望遠鏡を取り出して倍率を合わせ、じっとのぞき込んだ。


川を下った所、斜め後方にG36たちがいる。ここからだと火焔ははっきりとは見えないが、ロボットの集団がわらわらとむらがっているのでおよその位置の見当がつく。ロボットの数はだいぶ減っているはずだ。遠くから見るといくらか空間も認められる。

そこから反時計回りに視線を動かす。交戦地点から12時の方向、SVが言うには800メートル先のあたり……高台と呼ぶには少々お粗末ではあるが、確かに、盛り上がった地形が見える。


「……やるじゃない」WAが呟くと、SVが振り返る。

「なんですか?」

「……なんでもないわ。用意は?」

「出来ました」

「いいわ……1時の方向、草地の途切れる辺り、高台の上、こっち側の先端よ」

「…………発見…………紫のゴーグル、右手のグラブに銀色の刺繍」

「それよ。角度は?」

「角度は……幅3.01」

「……距離は550メートル」

「距離……550……できました……」

「風は3時の方向から。下へ0.40」

「下0.40…………用意よし……」

「左へ3.48――」


間がある。

全ての音が飲み込まれそうな沈黙。

風、草、遠い雄叫びも、何もかもが消え去った静寂。


望遠鏡の向こうでMP5を狙った敵が身じろぎをする。その手が何かを握り直そうとする――


パンッ――と短い音が聞こえる。

一瞬、視界の中央にいる敵が銃の上にうつ伏せに崩れ落ちる。


WAは大きな息を吸うと、すぐに通信機を取り出してG36を呼び出した。


「G36、聞こえる?」

『WA? どうなったの?』

「やったわよ」

『Wunderbar! 待ってるわ』

「ええ、すぐに戻るわ」

『WA?』

「何? G36?」

『Danke』

「……お礼なら、SVにね」


通信を終えると、WAはまたSVを急かして片付けさせ、すぐに元の陣地を目指す。


戻るころ、タイミングよく救援のトラックが走ってきた。後方に寝ていたMP5が少し身体を上げてホッと安心の笑みを浮かべるのと、土まみれのG36が大きく息をするのが、ほぼ同時に見えた。

モシン・ナガンたちは2週間で砦を一つ攻め落として戻ってきた。WA2000は報酬のアイスクリームを受け取りにカフェに出かけようと宿舎を出て、すぐ足を止める。


「WAさん、おはようございます!」

「あー……おはよう、SV?」

すぐそこに、いつもどおりの服装をしたSV-98が、全く変わらない格好で銃を持ち、待ち構えていたからである。

以前と違うのは、その表情がまた自信を取り戻し、キラキラと輝いている、というくらいのことだろう。


「SV? 何?」

「え? だって、これから訓練室に行くじゃないですか」

「それはもう終わりでしょ! モシン・ナガンが帰ってきたんだから!」

「えっ……?」


WAが断りの返事をすると、SVの表情が急転する。あの笑顔はたちまちの内に暗闇に飲み込まれ、突然雨の中に掘り出された子犬のように頼りない顔で震えだす。


「ちょっと! SV、別に私はアンタのこと未来永劫面倒見ないなんて言ってないでしょ!?」

「で、でもぉ……」

「いいから……ほら、こっちへ来なさい、こんなところをG36にでも見られたら――」

「良くてハチノス、ですわね」

「うっ……?」


すぐ背後から冷ややかな声を浴びせられ、WAは硬直した。

泣きそうな顔で銃を抱きしめているSVから顔を背け、6時の方向、背中側に向き直ると、氷よりも冷たく、南極のように凍てついた表情のGr G36が、こちらに銃口を向けて立っている。


「WA2000……少しは成長したかと思っていましたが……私の勘違いでしたわね」

「G、G36……お願いだから私の話を聞いてもらえる?」

「その必要はありません。状況証拠はあなたを黒と示しております」

「ちょっと……あっ! MP5! お願い! アンタなら分かるでしょ! G36を止めて!」

「WAさん……私……」

「MP5……?」


G36の後ろから、やはり暗い表情のGr MP5が顔をのぞかせる。MP5は、そのままG36の隣に立つと、銃を構えて近づいてくる。


「MP5……」

「WAさん……私、ずっとあなたのことを信じていたのに……」

「ち・が・う! 私は何もしてない!!!」

「残念です……こんな結末になるなんて……」

「わああああ!!!!! ちょっとSV!!!! 泣いてないで止めなさい!!! アンタのせいでしょ!!!!」

「WAさぁん……うぇ……うえええ………」

「もおおお!!! なんでこうなるの!!!! 私は悪くない!!!!!!」

「問答無用! です! WAさん!」

「MP5の裏切り者!!!」


WAは逃げようとして足がもつれてころんだ。

後には、また同じ絶叫と騒乱の日常が続いている。

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