みど×あおラブホ女子会
駅につく。電光掲示板は真っ暗だ。あおいが渋い顔で立ち止まる。スマホを取り出し、いそいで画面を叩きはじめた。
みどりは、ほっと息を吐いた。ため息はいつになくぬるく、酒くさいような気がした。
「あった?」
「ない……もう、だから出ようって言ったのに……」
「いや、でも飲み足りなかったでしょ」
「それは……まあ、そうだけど……」
同じように甘ったるいため息をこぼしたあおいは、スマホをにぎったまま、少し困ったような表情に、酔いと照れを混ぜたような朱をさしていた。
きょう、みどりとあおいの二人は、ほかのぱちん娘たちを置いて、二人きりで飲みに来ていた。この二人にしては存外に珍しい話でもなく、パチンコは早々に切り上げての飲み会だった。
この飲み会も、もう定例のものとなりつつある。というのは、みどりのタレント業が一定の軌道に乗り、ウエブ記事の連載に来店依頼にと、それなりに忙しくなって数年の間、みどりはあおいに頼り切りだからだ。朝早いときはあおいにモーニングコールを頼み、連載に行き詰まればあおいと話をし、仕事で負けが込めばあおいに愚痴を言う。また、あおいからもいろいろな話をしてもらい、ときにはくだらない話で盛り上がり、ときには愚痴を慰めてやり……そんな飲み会が定例のものとなり、こんな生活をして数年のことになる。
「あおい、どうする? もう一軒行く?」
「いや……もう入らないでしょ」
「そうかー……じゃあカラオケかネカフェ?」
「明日は休みだけど……」
「まあ、せっかくならゆっくりしたいよね」
クスリと苦笑を漏らしながら、みどりはじぶんのスマホを取り出した。20も前半の頃は、カラオケだってネカフェだって寝ていれば元気になれたものだ。だが、これが25、26……と歳を重ねるにつれて、だんだん辛くなってくる。
いまや、二人は立派にアラサーであり、狭い空間で身体を丸めるのでは、取れよう疲れも中々に取れなくなりつつあった。まだ、こんな歳で老け込むつもりもないけれど──そう思いつつも、ひたひたと忍び寄る年波には抗いがたいものがあった。
しばらく適当な単語をマップに投げつけて遊んでいたみどりだったが、ふと手が止まった。ようするに、手足を伸ばしてぐっすり眠れ、できればシャワーも浴びられて、あとはもう一杯くらい酒が飲めればよいのである。そんな場所があるか──もちろん、ここは日本の首都、世界に名だたるメガシティ・東京の繁華街──そういう需要を満たす場所があるのである。
「あ、じゃあホテル行く?」
「ホテル──?」
「うん。これくらいで泊まれるけど」
けげんな表情のあおいにスマホの画面を見せる。天下第一の大東京、供給はあるが値段もそれなりのもの。とはいえ、このご時世に4ケタで済むのだから安いものだ。
みどりはそれくらいの気でいたのだが、あおいは何か渋っている。
「ええ……?」
「いいでしょ。きょうはチョイ浮きだったんだし」
「そうだけど……」
「それともネカフェにする?」
「う、うーん……」
あおいは落ち着きなくみどりの示す画面を見たかと思えば視線をそらし、かと思えばじっと見つめ、もぞもぞとスマホをにぎって離し……しばらく、そんな落ち着かない時間があった。
はて、どうしたことだろう。みどりには、そんなあおいの仕草の示すこころがよくわからない。これまでだって宿泊をしたことはいくらでもあった。なんなら風呂、温泉をともにしたことだってある。まあ、そのときはいつもみんなが一緒にいたから、あおいと二人きりでお泊りなどというのはこれが初めてのことになるけれども、だからといって何か不都合があるだろうか。
いや、あのあおいのことだ。見られたくないものもあっておかしくはない。あおいがその気にならないのであれば、ここは妥協してネカフェでもカラオケでも仕方あるまい。まあ、最悪、タクシーで帰るのも手ではある。二人の家は近い。途中までで割り勘をすれば、少々値が張るとはいえ帰れない話でもなかった。
じゃあ止めよっか──みどりが、そう言おうとしたときだった。モジモジしていたあおいが、小さな声で言った。
「いい……けど……」
「じゃあ──え?」
「いいって言ったの!」
「え、うん? なら、こっちだけど……」
あおいが突然ほえたものだから、あまりの剣幕に驚かされてしまう。みどりはスマホを手にしたまま、マップの指示する道へと足を向ける。その後ろを黙り込んだあおいがひたひたとついてくる。
いったいぜんたい、どこにあおいを刺激する要素があっただろうか? みどりは、よかれと思ってホテルを調べ、提案しただけのことだ。むろん、あおいが嫌というのならば他の場所を探すつもりだった。そこは、いかなみどりとあおいの仲とはいえ、無理強いをするものではない。世の友達関係よりはずっと深い仲であっても、何もかもを許し合ってきたわけではない。嫌と言うこともあれば嫌と言われることもある。悪ノリをすることはあっても、本当に嫌というものを無理強いしたことはなかった。それだから、この好意が無碍にされ──
いや、無碍にはされていない。あおいはこちらの提案に乗ってくれている。ならば、いったいぜんたい、なににそんなにほえたのだろう?
わからないながらも道を進むと、途中にコンビニがあった。何か買おうかと聞きながら店に足を向ける。あおいは黙ってついてくる。みどりがドアをくぐり、酒とツマミを手にすると、それに合わせて酒に手を伸ばしている。
並んで会計を済ませて外に出た。まだ、あおいは黙っている。なんだか妙な感じだ。こんなに黙っているあおいを見るのは珍しい。何か気に障ることを言っただろうか? いや、あおいは嫌だったらはっきり嫌だと言うだろう。そもそも、感情の豊かなあおいだから、嫌と思ったら嫌と顔に出すだろう。
みどりは、レジ袋を持って歩きながら、ちらりとあおいの顔を見た。あおいはバッグのひもをにぎりしめたまま、少しうつむいて歩いている。街の華やかな明かりに照らされた顔には、取り立ててこれといった感情が浮かんではいないように見える。むしろ、その無表情が恐ろしくも感じられる。つまらなければつまらなそうにし、ゆかいならばゆかいそうにする──それがあおいであり、みどりの気に入ったあおいなのである。
こんな無表情をみたことはなかなかなかった。そんなにこのホテルが嫌なんだろうか。みどりは、いまさらになって不安になった。
それで、少し足を緩めてあおいに近寄った。
「あの、あおいー?」
「うん……」
「どした?」
「うん……?」
「いや、さっきからずっと黙って……」
「え、ええ……?」
「あのホテル、そんなにヤバそう?」
「えっ……と……ヤバいって、いうか……」
「うん──?」
あおいの足が止まる。みどりも立ち止まった。嫌なら変えようか──そう言いかけた言葉が、舌の上まで出てきた言葉が止まる。
立ち止まったあおいが、ぎゅうっと強くバッグをにぎりしめたまま、顔を真っ赤にしているのだ!
「──え?」
「そ、そこ……ら……ラブホ、でしょ……?」
「え、うん……?」
「その……私たち……い、いちおう、つ…………付き合って、るんだし……わたし、ハジメテ、だから……」
あおいが顔を上げた。あおいの顔は真っ赤だ。ひとみはうっすらうるんでさえいる。すっと息を吸い、ゆっくりと吐くあおいは──そのまま、そっと身体を預けてくる。みどりは、ぎこちなく手をあげてあおいを受け止めるのが精一杯だった──